ガラスの棺

ブリタニアで行われている超合衆国の定例会議は、予想通りの惨状となっていた。
怒声と罵声が飛び交い、相手をけなし罵り合う姿は醜悪で、とてもではないが話し合いの空気などそこには無かった。
幸いというべきか、まだ暴力沙汰になっていない事だけが救いだった。まだ黒の騎士団の抑止力が辛うじて残っているのだと思いたい。これが暴力に発展した段階でゼロの指示が無くても警備をしている団員は動き、各国代表であろうと捕縛されるから。
そう思いながらカレンは視線をモニターに移した。
今回の議題は、ルルーシュの遺体の扱いについて。
ブリタニアの最後の皇帝であるルルーシュの遺体なのだから、ブリタニアで埋葬するのが当たり前だと主張するナナリーと、世界各国の中で日本に対し最も非道な行いをしたのだから、その遺体は今後日本を支えるための柱とするべきだと言うカグヤと扇。
今回の会議は他の国など無視した、この2国間だけの議題といっていい。
どのような話し合いがされるか各国代表の総意で決まるはずなのに、今回の議題は完全にカグヤの独裁で決まったもの。しかも日本とブリタニアの二国ですべき話なのに、どうして超合衆国の議題として扱うのか不満が出ていた。
他国からすれば、既に死んだ者。
死体の所有権争いなど馬鹿馬鹿しい話なのだが、やがてそれらの国もこの喧嘩に巻き込まれていった。
そもそも議長であるカグヤは一国に肩入れするような発言をすべきではない。今回の件は特に自分の国日本を優位に立たせるために権力を振りかざしていると言っていい。それに反発する国は多く、そもそもなぜこんな小娘が議長を続けているのだと不満も噴出してくる。その不満はブリタニアと中華にも向けられ、その結果こうして全国の代表が罵り合う場が出来上がったのだ。
これが、平和を目指すための会議？
戦争を無くし話し合いで解決を？
馬鹿馬鹿しい。
それしか言えない。
既にゼロもシュナイゼルも会場を離れていた。
天子も既に席を立ちここには居ない。
彼らが去ったことに、いつも通り気付かないのだろう。
だから、私もここを離れよう。
私はゼロの親衛隊隊長。
ゼロがいない場所に、私がいる必要はない。
身を乗り出し罵倒を浴びせる代表達をその場に残し、カレンは部屋を出た。

「そもそも、ナナリー代表！貴女はゼロに監視されている事を忘れている！」

ゼロは悪を見張る存在。
侵略戦争を行った先帝、世界征服を為した先々帝と同じ轍を踏まないよう、ゼロが傍で監視しているのがブリタニアという国なのだと、インド代表は声を荒げた。

「監視！？何を馬鹿な事を！私は監視などされておりません！」
「ゼロが傍にいると言う事の意味を解らないと？」
「ゼロは私を守るためにいるのです！」

知らなかったのですか？と言いたげに、優越感を滲ませナナリーは言った。
ゼロはスザク。
スザクが自分を守る存在であって害をなすことはない。
兄がゼロにスザクを選んだのは、私を守るためでもあるのだ。

「守る？悪逆皇帝の妹を！？」

笑い声があちこちから上がった。
そんな事も知らない道化かと嘲笑う。

・・・終わったわね。
カレンは扉を開くと、視線をチラリとナナリーに向けた。
学園で見た穏やかで優しいナナリーはもういない。
醜悪な顔で怒鳴り、嘲笑う今のナナリーの姿を見るのは悲しかった、
こんな姿をルルーシュが見たら彼もきっと悲しんだだろうから。
弱者に優しかった彼女たちは、権力を、力を得た事で変わってしまった。
ああ、そう考えるなら、弱肉強食の国是に反発し、持てる権力全てを使って日本人のための特区をと願ったユーフェミアは彼女達と違い本当に優しい人だったのだ。
未熟すぎる姿からお飾りと罵られながらも、全身全霊を賭けて皇帝に逆らい、弱者を救おうとしていたのだろう。
あの時はブリタニアの皇女が上から目線でと敵対心から評価など出来なかったが、今なら貴女を称賛できる。
皇族という最高位の地位を失う覚悟が無ければ出来ない事だったのだ。
今更それが解ったところでどうにもならないが、もしここにユーフェミアがいたならきっと立ち上り、ナナリー達を叱りつけたに違いない。
権力を持ちながらもそれだけの強さが、優しさが、彼女にはあったのだから。
ルルーシュの残した平和を、彼女なら守ってくれたかもしれない。
ナナリーと違って。

貴方にとってもうルルーシュは道具なのね。
そんな貴方はいらないわ。
さようなら、ナナリー。
ばたりと重厚な音を立て扉が閉じた。

「何も知らないのは貴方達です！いいですか、あのゼロは、あの方はユーフェミアお姉さまの・・・」

それは言ってはならない一言。
隠し通さなければならない言葉。
人に流されやすく感情に流されやすいお姫様は、世界平和のためにも語ることが許されない真実を口にした。
感情に任せて、お姫様は秘密を暴露する。
それは全てを壊す崩壊の合図。
それを待っていたのは、ほかならぬゼロ自身だと彼女は知らないだろう。
護ってなどいなかった。
ルルーシュの妹がこれほど愚かだったのかと。
ユーフェミアとは程遠い存在だったと。
優しさを受け取るだけで、与える事の出来ない人物なのだと。
ただ、呆れていただけだ。
それに気付きもしないで。
でもありがとう。
貴女のおかげよナナリー。

「そう、悪逆皇帝を倒したゼロは、ユフィ姉様の騎士・枢木スザクなのです！」

その言葉は、悪逆皇帝が作り出した強固な鎖をいとも容易く破壊した。
そして、ゼロという名の鎖に縛られていた騎士がこの時、解き放たれた。